羽衣は、あの山奥からこっちに連れ出された頃。やっぱり何もできなかったし、何も知らなかったし。
それに、結構な時間を。羅刹に見捨てられて、独り。すごしてた。(といっても二週間ぐらい?)
食べ物の、残りと。水の残りを、少しずつ口にして。
ずっと、ばかみたいに帰りとか、待ってた。
……待ってた?
待っていたのかな。あんまり、そういう気持ちはなかった気がするけど。
でも、あの屋敷から出てどこかにいくなんてこと、思いつきもしなかったから。
ただ、誰もいない日々をぼんやり、すごして
時々、泣いて
泣いて泣いて。
食べ物がなくなったり、して。ぐらぐらして歩けなくなって。
それでも、何も考えずに。あの奥の、薄暗い部屋の窓の下で。ねっころがって。
どうしたのかな、とか。
なんだか、こわいって。
こわいを自覚したら、どこまでもこわくて。でももう涙も出なくて。頭がぼぅっとしてて。
あとのことは、途切れ途切れでしか覚えてない。
突然、現れた知らない大人たちの言葉がぜんぜんわからなかった。頭の中反響して。抱き上げられたから、力いっぱい噛み付いた。血の味。押さえつける手。
何でこんなことするの、何するの。大嫌い。触るな。
やだ、やだ、やだ!!やだ。何するの、痛い引っ張らないで。怒鳴んないで。こわい、こわいこわいよぅ。
こわいよう、たすけてよぅ。帰ってきてよぅ。
「もう、かえってこないんだよ」
その言葉だけ、すごくよく聞こえた。
私も知ってたよ。そんなこと。
でも、自分ではこわくて言えなかったよ。帰ってくるんだって、信じて、た。
お腹の中で、怒りがあったけど。それ以上に哀しかった。薄青い哀しみは、私の中の闇を不思議と遠ざけた。
私は、私が大事で。それは羅刹と似通ってた。私は私以外の何者になることも許さなかった。
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